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Feature Report特集レポート

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Report of India

Gift ともに歩み、奏でる

GIFTともに歩み、奏でる

Report of India

インド年次報告書

清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

2024年4月18日〜20日の3日間、インド・ニューデリーにて、「リーダーシップネクスト・体験型ワークショップ会議」をコロナ以降初となる対面開催。リーダーシップネクスト事業のサバイバーグループやNGO関係者と財団関係者が参加した。「被害者性からリーダーシップへ」をテーマに、即興劇やパネルディスカッション、グループディスカッションを実施。また会場は各サバイバー・NGOグループのブースが所狭しと並び、熱気に包まれたイベントとなった。

「心を打つ、よどみない
サバイバーリーダーたちの言葉」

かものはしがリーダーシップネクスト事業(以下、LN)の支援を開始してから丸6年が経つ。3つのサバイバーグループ、4つのNGOから始まったこの事業は、現在15のサバイバーグループ、7つのNGOが参加するまでに拡大した。

2024年4月、デリーで総勢115人が参加する3日間イベントを開催し、この事業を支えるかものはしインドチーム総出で切り盛りした。かものはしを支援してくださっている日本企業の方たち、共同事業支援をしている国際ドナーの方たち、この事業に関心を寄せてくださっているインド企業財団、国際ドナーの方たち、中間支援団体の方たちと私たちはたくさんの会話を紡いだ。

「言葉にならないよ。あの、サバイバーリーダーたちの迷いのなさ、明晰さに心を打たれた。10年後どうなっていたい?と突然聞かれたって、僕でも答えるのに迷いが生じるのに、よどみない言葉で言い切った彼女に心が震えた」

「インドは世界5位の経済大国になったけれど、サバイバーリーダーたちの経済状況を改善するまでには全然至っていない。久しぶりに涙が出てきた」

「人に売られ、性的虐待・労働搾取をされるという逆境体験は、人に強い怒りと深い悲しみを残していく。鬱になって引きこもりになってもおかしくないのに、この事業は彼らのそのエネルギーを見事に前向きな美しいエネルギーに転換している。一体、NGOたちは何をしたんだ?」

「どんなに訓練を受け『回復』したサバイバーでも、ステージに上がった途端泣き崩れ、結局スピーチにならないことを自分たちの事業で何度も体験してきたのに、これは一体何が起きているの?」

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[1]即興劇に参加し、影響力を行使し合い、解を探るサバイバーリーダーとNGO職員
[2]会議場で、自分たちのこれまでのリーダーシップ軌跡を展示しているPragyaの職員
[3]会議を進行しながら談笑する清水とLeadership Next事業マネージャーのVinod

私の中にある無数の
「被害者性」

たくさんの人に「観てもらう」のはどうしても緊張が走る。「知ってもらう」ために、私は自分たちが歩んできた軌跡を遜色なく、相手の興味をひく方法で伝えることができるだろうか?こんなに素晴らしい、美しいと思っている事業が実は単なる自己満足だったなんてことはないだろうか?そんな不安が次々と襲ってくると、オープニングで何を話すべきか、私は足がすくんだ。

場数を踏んできた私ですらそうなのだから、NGOたちやサバイバーリーダーたちのナーバスさは手に取るように感じる。そこを突破して、本当に厳しかったコロナの2年間を含めてなんとか皆で乗り越えてきた私たちの「あり方」を観てもらうためには、「場」を構成する人たちが本来持っているエネルギーを引き出し、ホールドする役割が必要となる。

この事業を牽引してきた彼ら・彼女たちが持つエネルギーを、萎縮して足がすくむ方向ではなくあるがままの形で、フェイクではなくオーセンティックに解き放つために、何をどう仕込むか。3日間イベントにおける私の役割はこれに尽きた。

「被害者性からリーダーシップへ」。このタグラインは、人身売買の被害を生き抜いてきた彼ら・彼女たちの変容を形容するとともに、私たち非当事者にも当てはめたものである。両者の間にある、目には見えないけれども歴然と存在している、そこを隔てているもの。私たち非当事者は「被害者はあの人で、私は被害者ではない」という言説を掲げ、そのヒエラルキーの中で安住していないだろうか?人は誰しも、大なり小なりの被害者性を抱えて生きている。

でも、それを認めるのは、時に容易ではない。2014年第1回Tafteeshミーティングで行ったワークショップのテーマ「私の中の被害者性を共有する」を思い出す。

例えば私は小学校の遠足にピンクのレインコートを着たかったが母に「あなたには黒が似合う」と言われた。きっと母は「あなたはきりっとしていてかっこいい」と言いたかったのだろうが、当時8歳の私には黒のレインコートはごみ袋と同義で、「お母さんは私を女の子としてかわいくないと思っている」と思い込んだ。

別の事例では、男性同僚に「あなたは女性で、自分は女性の上司の指示は認めない」とあからさまに無視をされた。

これらはあくまでも小さな事例にすぎないけれども、この様に私の中には無数の被害者性があり、この10年、私の被害者性は減るどころか、気づいてしまったからどんどん増殖した。それでも、それを口にし、周りの温かな人たちによってたくさん悼まれ、慈しまれてきたから、私自身もそれらの被害者性を自分のものとすることができるようになった。

そしてそのプロセスの中で、「あなたは被害者で私は違う」と意識的に、無意識に分断を作りだすことで、私たちは自分の心理的安全性を保ち、ヒエラルキーを形成し、更に分断を強化していることに気づいた。そんな気付きが私の行動変容を促し、結果として、私はサバイバーリーダーたちと、現場を支えるソーシャルワーカーたちと絆を作り、育くむことができたのではないかと思う。

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[4]会議冒頭あいさつをする清水 [5]インドのNGOや財団の人たちとネットワーキングする青木
[6]「Fire Chat」というツールを使ったパネルディスカッション

頭と心の分断

かものはしがインドで支援を始めて最初の5年は、サバイバーリーダーシップ事業なんて1ミリも想像したことがなかった。私たちは加害者が逮捕され、有罪判決率があがり、人身売買抑止力が高まることで問題解決に寄与するというTheory of Change(社会変革理論)を貫いてきた。法改正を含めて、システムを相手にすることで、人身売買の問題を国レベルで解決できるモデルを作るんだと意気込んでいた。

でもその一方で、目の前でこどもたちが虐待を受けながら囚われていることや、彼らが数年後、競りにかけられ性的搾取を目的に売られていくことを知っていながら、システムを強化することが最重要という正当性のもと、システムが強化されるまでその状況に目を瞑らざるを得なかった自分にどうしても納得がいかなかった。心が追いつかなかった。最善を尽くしたという理性と、本当にあの時の自分の選択は正しかったのかという自責の念とがごちゃ混ぜになり、ふと叫びだしたくなり、涙が出てくる。頭は割とすっきりしていたけれども、私の胃の中には黒くて硬いしこりが残った。

LNの特徴は、それぞれのサバイバーグループが、自分たちにとってリーダーシップとは何かを自分たちで定義し、何の活動をいくらの予算で実行するのかを自分たちで決めるというところにある。

自分をレスキューし、ケアし、生活再建を手伝ってくれた、ある意味「親」のような存在のNGOとの関係性を捉え直し、そこに歴然と存在するパワーの不平等性に真正面から優しくしなやかに挑み、是正することで、若き大人として自立していくプロセスでもある。

そして、自分自身との関係を紡ぎ直すことで、家族やグループ内、コミュニティとの関係に変化が生じてくる。

一方、NGOにとってはこれらのプロセスは痛みを伴う。今まで自分たちが無自覚に行使してきたパワーをサバイバーたちと共有し、そして譲っていかざるを得ない。自立していく彼らをみた時、自分の存在意義が揺らぎ、自分はもう必要とされていないのではないか、自分は一体何者で、本当に望んでいるものは何なのかといった問いが必然と生まれ、深くて長い旅路に進んでいく。何のリーダーシップ活動をしていても、これらの要素は横串となっており、コレクティブなプロセスとして事業内で流れている。

2024年4月のデリーで開催したLN体験型ワークショップ会議に参加したサバイバーリーダー、NGO関係者、財団関係者、かものはし関係者たち

背中を預けられる関係性へ

LNが、例えば前出の、囚われ、虐待を受け、性的搾取をされる準備をさせられているこどもたちのような全ての問題を今すぐ直接解決するわけではない。

でも少なくとも、私はこのリーダーシップの道を歩んでいる彼ら・彼女たちなら、あの状況に直面したら真剣に戦略と手法を話し合い、速やかにこどもたちを救い出すことを知っている。

こどもたちの痛みを一番理解しているのは、同じような境遇・体験を持つ彼ら・彼女たちだから、彼らは見て見ぬふりをしない。そしてそれは、私の中の罪悪感、黒くて硬いしこりを少し和らげてくれる。なんだ、一人で全部背負い込む必要はなかったんだ。むしろ、私が非当事者だからこそ取れる役割は自分の中にある被害者性から目を背けず、当事者性を持つリーダーたちとの絆を更に深め、「理解されている」「つながっている」という安心・安全な器を広げていくこと。

そしてより多くのサバイバーたち、こどもたちにこの事業のエッセンスが届くようエコシステムに影響を与えていくこと。そして、その先に、先に起きたような悲しい事象が起こる、または続いていく可能性を低減していく未来を描き続けること。私が取るべき役割をちゃんと取ったら、あとは、リーダーたちが、ソーシャルワーカーたちがちゃんと引き取ってくれる。だって、この3日間であんなに多くの人たちの心を動かしたのだから。

「被害者性からリーダーシップへ」は、「『ひとり』から、背中を預けられる関係性へ」の旅路でもある。

あなと一緒に考えたい #尊厳あなたのはなしをきかせて

世界各地で、自分たちが正しいと考えるものを基軸に、対立が深まっています。その文脈では、私にとっての尊厳は相手にとっての不条理、ということもしばしば発生します。日本は古来から「尊厳」を大切にしてきたからこそ、今できることがあるのではないかと私は思っています。みなさんも「わたしにとっての尊厳は、相手にとっての不条理」という経験をしたことはありますか?

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清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

インド事業部ディレクター。2年間のインド駐在を経て、2013年7月からかものはし日本事務所勤務。大学院修士過程修了後、国際機関や人道支援機関で開発援助事業に携わる。

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