2021年の終わりを迎えるにあたって
未来を形作る「今」。
祈りとこころざしを
織り込む
Report of India
清水 友美Tomomi Shimizu
インド事業部ディレクター
皆さん、ご無沙汰しております。2021年が終わろうとしている「今」というこの瞬間を、皆さまはどんなふうにお過ごしになっていますでしょうか?今年もたくさんのことがありました。インドでも、アフガニスタンでも、アメリカでも、ウイグルでも、日本でも、全ての皆さまにとって、この年の瀬、どこかで温かな一瞬があったらいいなと願っています。
恐怖と勇気のはざまで
揺れる光
先週パートナー団体のGGBKから届いたメールのひとつに、熱いものがこみあげてきたことがありました。かものはしが支援しているサバイバーリーダーのひとりが、いよいよ12月から裁判の証言フェーズに入ることを告げるメールでした。
彼女は16歳の時に人身売買の被害にあい、21歳の時にレスキューされ村に戻ってきました。今、25歳になり、Bandhan Mukti(かものはしが支援するサバイバーコレクティブのひとつ)のリーダーとして、とても素敵なリーダーシップを発揮しています。今年2月に、かものはしが委託した調査(※2020年度年次報告書8ページ目をご参照ください)結果を共有するための発表会を行いましたが、そこで100名を超える参加者を前に、サバイバーリーダー代表のひとりとして堂々と自分の意見を述べました。7月末の世界会議で私と同じグループだった時も、各国から参加していたドナーや人身売買サバイバーを前に、地に足の着いた力強い意見を積極的に発言しており、私はとても嬉しく、誇らしく思ったことを覚えています。
その彼女を10年前に売り飛ばした加害者のうち2名は、2019年に彼女の事件が地元警察から人身売買特別警察に移管されると逮捕され、保釈申請を何度も行ったにもかかわらず認められずに今も拘留されています。それでも、拘留所から自分たちのネットワークを駆使して執拗に彼女と彼女のお父さんに事件を取り下げるよう暴力を使い、脅し、迫っています。
彼女はこの執拗な脅迫のことを警察に通報しなければならないと思いながらも、通報したらさらに報復されるのではないかと恐れ、GGBKに相談してきました。それでも彼女は、12月から始まる裁判での証言については、「心の準備ができている、10年越しにやっと加害者が有罪になるチャンスがすぐ目の前に来ているのだから」と言い、GGBKは、「これがまさにコミュニティベース活動(※1)の真のチャレンジである、なんとか彼女を守り切れる方法はないだろうか?」と、Tafteeshメンバーたちに相談してきました。
※1 コミュニティベース活動:地域密着型の地域社会を中心とした活動
©Siddhartha Hajra
かものはしが2013年にパートナー団体のSanjogと一緒に作り、その後支援を継続しているTafteesh事業では、こういう心の奥底がシンと冷えるようなことが、時々起こります。
Tafteeshというシステムはこの8年で大きな成長を遂げてきました。元々は、3つのNGOと少数の高等裁判所弁護士たちとかものはしから成り立つ、足並みのそろわない、ちょっとの好奇心と支援してもらうことを目的に集まったNGOの寄せ集めでしたが、幾度となく感情をぶつけ合い、激昂したり泣きながらお互いの異なる文脈、主張に耳を傾け(もちろん傾けられないことも多々あります)ここまでやってきました。事業モニタリングをしながら私は時々がっかりしたり憤ることもありますが、何か起きたらみんなが知恵を出し合い、全力でなんとかしようとしてくれることに全幅の信頼があります。
でも、今回の彼女の厳しい状況を伝えるメールを受け取った時、これまで幾度となく繰り返されてきた、コミュニティで一瞬のうちに起きる「事件」が頭をかすめたことも事実です。今回は、何事もなく彼女が裁判で証言することができるといいな、その結果によって彼女にさらなる圧力・暴力が襲いかからないといいなと思うと、たくさんの感情が熱いものとなってこみあげてきます。
©Siddhartha Hajra
3年前の記憶
Tafteesh事業は、サバイバーが正義を手にすることができるようにシステム強化を目指して活動してきました。2014年には、パートナー団体が主体的になって現場で個々のサバイバー支援を展開する一方、人身売買包括法立案に関わり、かものはしも後方支援を行ってきました。
しかし、2018年度年次報告書でご報告した通り、この法案は2019年1月の冬季国会会期中、上院で審議されず廃案となりました。ちょうど3年前の2019年1月に、今日審議されなかったら廃案が決まるという日の朝、自分の中にたくさん溢れてくる感情の中で、「今日通らなかったとしたら、それにはきっと意味があり、人が人を売るという悲しい問題を根本的に解決するには、まだもう少し視点を変える勇気と時間が必要であるということなんだろうな」というメッセージが「降りてきた」瞬間がありました。3年経った今でも、その瞬間のことをよく覚えています。
足掛け4年にわたってパートナーとともに全身全霊を注ぎ込んだ新法が通らない、ということの意味について考えた際、ひとつあったのは、その新法を取り巻く声は圧倒的にNGOやドナー、学者などの「外野」のものが多く、サバイバーリーダーたちの声が社会を動かすうねりとして育ってきていなかったことでした。当時から、私たちはサバイバーたちから語られるその優しくて力強い言葉たちに強く惹かれていました。その言葉たちの中に真実があると強く思ったからです。当事者の声が、人身売買を取り締まる法律、仕組み、システムに反映されている必要がある、と強く願いながらも、具体的にはそこまで「機が熟していなかった」ことにも気づいていました。しかしながら、2014年から作ってきた新法をめぐる機運を逃すわけにはいかないということもまた強く思っていたのです。そんな中で起きた、新法の頓挫、廃案でした。
このレポートを書いている本日は2021年11月28日です。明日11月29日からインドで冬季国会が1か月弱開催されますが、冬季国会議案として人身売買包括法案の審議が載っています。関係省庁筋からは、今期会期中に法案を提出し、下院・上院を通過させて新法を成立させる予定だと聞いています。
©Siddhartha Hajra
声を上げ続けてきた
リーダーたち
3年前は、外野が法案を巡ってたくさんの議論をし、メディアも巻き込んで総力戦のアドボカシーをしていましたが、今回は外野は鳴りを潜めています。そんな中、唯一、ILFAT(※2)のリーダーたちと、かものはしのパートナーNGOは、人身売買包括法案をより効果的にするために、
- ①人身売買捜査機関の役割分担の明確化と定義化
- ②サバイバーの回復と社会再統合は、隔離型の施設ではなくコミュニティベースで行うべきである
という2点を議員、関係省庁、ジャーナリストなどに精力的に申し入れており、明日(2021年11月29日)からILFATリーダーたちが8名、デリー入りします。
この3年、反人身売買セクター全体の士気はどんどん下がっていき(その背景についてはまたどこかの機会でお知らせします)、かものはしですら「どうせ・・・」という言葉が頭をよぎり、「もはや別の戦略でシステム強化を考えた方がいいんじゃないか」と諦めモードだったこともあります。しかし、サバイバーリーダーたちはとてもコンスタントに「新法をなんとしても成立させてください」と、ずっとこの3年間、機会あるごとに陳情してきました。時に、そのあまりの変わらなさを私は心もとなく思い、繰り返されるメッセージに複雑な思いを持ったこともありました。
そして、包括法案がこの冬季国会の議案に載るということが分かった日、3年前の「降りてきた」メッセージのことを思い出したのです。包括法案が審議されるというこの瞬間に、外野よりもILFATリーダーたちの声の方が、圧倒的に大きく国会議員や国家公務員、ジャーナリストの人たちに届いている。包括法案は、3年前の景色とは全然違うところに立っている、そう思ったら心が震えました。
※2 ILFAT:Indian Leadership Forum Against Trafficking(インド反人身売買リーダー連盟)
©Siddhartha Hajra
パラダイムが動くとき
かものはしがサバイバーのリーダーシップ事業を支援していることのひとつの大きな意味がここにあったと、奢りではなく、真摯に思ったのです。
Leadership Next事業は決して新法成立を目指して行ってきた事業ではありません。総勢211名のサバイバーリーダーたち個々人が、自分の文脈でどんなリーダーとしてありたいのか、グループとしてどんなコレクティブリーダーシップを発揮したいのかを、さまざまな角度から問い、考え、実行をしては学びを抽出して動かしてきました。「あり方」を磨き、影響を与えていくフィールドとして彼女・彼らが向き合ってきた社会課題は、人身売買の枠にとどまらず、低カーストの子どもたちの支援、家庭内暴力を受けている女性たち、虐待を受けている子どもたちの支援、貧困層の子どもたちを集めて勉強や絵を描くことを教える傍ら、人身売買につながらないように政府機関につなぐ、など、本当に多岐にわたります。
そんなリーダーシップ事業のひとつの成果が、彼ら・彼女たちの社会へ自分たちの声を発信する力であり、そのひとつのかたちが、この新法をめぐるアドボカシーにつながっていると、私は考えています。
このレポートが皆さまのお手元に届くころ、人身売買包括法案の行く末がもしかしたら決まっているかもしれません。かものはしインドチームはそれがどんな結果であろうと、その「先」を見据えて、引き続きサバイバーリーダーたちと一緒に、未来を作っていく事業へ進んでいきたいと思っています。
どうぞよいお年をお過ごしください。
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清水 友美Tomomi Shimizu
インド事業部ディレクター
2011年から2年間のインド駐在を経て、2013年7月からかものはし東京事務所勤務。大学院卒業後、国際機関や人道支援機関で開発援助事業に携わる。森と温泉が好き。