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Feature Report特集レポート

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Report of India

祈り 自分の中にある光を取り戻す

祈り自分の中にある光を取り戻すなんとかしたいSTORY INDIA

Report of India

インド年次報告書なんとかしたいSTORY

清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

私はインドに人類の美しさを見る。日本にいると、インドはカオスの国で、たかられたり騙されたり、汚くて臭くて、路上に人が溢れ、女性が商品として扱われ、カースト制度が色濃く残っているイメージが強いかもしれない。それも現在のインドが持つ一側面であることには変わりがないけれども、この国には、愛と闘いと民主主義がある。そして私は訪れるたびに、それに強く心が動かされて、涙が出てくる。そこにある、人を想う心、なんとかしようとする多くの人たちに私は何度も救われてきた。

2022年度はインド出張を3年ぶりに再開した年となった。これを書いている今も私は帰国前の飛行機の中だ。

2023年4月の出張時、清水のセッションに聞き入るSAANSリーダーたち

温かな想いと
構造的暴力の影響

今回の出張中、私はインド人同僚2人を連れて、チャッティスガル州の州都ライプールから北東に180km行った所で活動するSAANSのサバイバー(※1)リーダーたちを訪ねた。SAANSリーダーたちは、その8割がダリットという、カースト制度の中で不可触民と位置付けられたコミュニティ出身である。彼らは子どものころに、そして成人になってからも、労働搾取を目的とした人身売買の被害にあい、強制労働や家庭内暴力、先住民族差別など、多種多様な暴力に晒されてきた。私は彼らの事業モニタリングをこの1年担当してきた。最初はグループ内で何が起きているのか、一人一人がどんな気持ちでリーダーシップの研鑽を行っているのか伝わってこなかったが、毎月ミーティングを重ね、だんだんオープンに話してくれるようになった。そして、内に秘めた美しい内省力、考える力、自分の全てをもってぶつかってくることを表現し始めた。私たち「ドナー」がいろんな制約の中で、遠路はるばる会いに来るということが、彼らに喜びをもたらす一方で大きな不安と憂鬱な気持ちを引き起こしたことを、私は今回の訪問で知った。こんな遠いところまで来てくれて、自分たちは訪問者をちゃんともてなすことができるだろうか。日本人であるTomomiは自分たちが作るご飯の何を食べられるのだろうか。こんなに暑いのに(43度)、自分たちの集会所には扇風機ひとつない。そんな環境下で、かものはしチームは不快な気分にならないだろうか。受け入れを担った人たちは、そんなことを考えていたら憂鬱になったと教えてくれた。もちろんレストランなんてないから、SAANSリーダーの奥さんたちが恐る恐るたくさんの種類のご飯を用意してくださった。彼女たちの用意してくれたご飯はどこの料理よりも美味しくて、私は表現しようのない想いでいっぱいになった。たくさんの愛情と想いを込めて作られているのを感じたから。

ダリットに生まれた彼らには、「ヒエラルキー」が染み付いている。自分たちはいつだって階層の「最下位」にいて、さまざまな社会生活の中で「抑圧」を経験してきた。自分の痛みは決して他者に見せてはいけない。だって他者はそこに薬ではなく塩を塗ってくるから、とSAANSリーダーは月次ミーティングで言った。それを聞いた時、私は涙が止まらなかった。なんという厳しい現実を彼らは生きてきたのだろうかと悲しくなったからだ。だからか、彼らはいつも「恐れて」いる。その恐れは現実の恐怖なのか、頭の中で繰り返されている得体のしれない恐怖なのかどちらかは分からないが、社会構造的暴力に何世代にもわたって 晒されてきたひとつのインパクトだと、一緒に行ったインド人同僚は考察した。

※1サバイバー … 人身売買の被害を生き抜いた人

西ベンガル州のBijoyniリーダーたちが振り返るこの1年

かものはしの役割

かものはしが2018年から支援しているリーダーシップネクスト事業は、人身売買の被害を受けた人たちが、リーダーとして立ち上がり、社会を変えていくという仮説を考察する事業だ。もちろん考察するだけではなく、その方向に行くようさまざまな形で促すが、暴力を受け社会周縁化された人々のリーダーシップ育成がどう社会変革を引き起こすのか実証データは存在しない。だからこそ私たちは仮説を検証し、微修正を加えながらこの5年進んできた。性的搾取を目的とした人身売買の被害にあい、村に帰ってきたグループ。労働搾取を目的とした人身売買、児童労働の被害にあい、村に帰ってきたグループ。村には戻らず(戻れず)セックスワーカーとして生きている人たちから成り立つグループ。受けた暴力の形、出身村が置かれている社会的政治的背景、被害者の中に残っている悲しい記憶のしまい方、痛みと願望の表現の仕方などの多様な文脈から彼らがどう立ち上がり、グループ化してコミュニティを形成し、他のコミュニティを巻き込んで社会を変えていくのかを見守る事業である。どのグループとのセッションでも、私は心の中でいつも叫び願っていることがある。どんなに苦しくても、悲しくても、私たちはあなたを想っている。頑張れ。あなたの中にこんなに美しいものがたくさんあることにどうか気づいて。そして伝われ、生きろ、と。

そんな彼らの周りにはNGOの人たちがいる。社会企業の人たちがいる。みんな、なんとかしなきゃ!と全速力で走り回っている。かものはしはインドで、そんな人たちに支えられて事業支援を行ってきた。なんとかしたい、なんとかしなきゃと走り回っている大勢の中で、かものはしは「鏡」と「錨」の役割をとる。その場にいる全員が走り回ると、船は暴走する。どこに向かって走っているつもりだったのか、それぞれの意図が微妙にすれ違い、思いもしない座礁に乗り上げるからだ。そして走っている姿は本人には見えない。意図せず「他者」が自分の目的達成のために手段化されることも起きやすい。だからこそ、そこに「錨」と「鏡」の役割が必要となる。船自体も変幻しながら目的地に向かって就航するために。私は、自分自身が鏡になりながら、錨になりながら、船の様子をじっと見守っている。時に警笛を鳴らす人の役割も取るけれど、主役はあくまでサバイバーリーダーたちと彼らに寄り添うNGO、社会企業のインド人たちである。

SAANSリーダーたちと庭園ワークをする清水

自分の内側に
広がっている「庭園」

そんな「鏡」の役割を取る私は、映し出すものの強烈な痛みに、圧倒的な美しさに、常に心を奪われている。自分が人身売買の被害を受けたということを受け止められず(出稼ぎ先で運悪く劣悪な状況下で働かなければならなかっただけだ、というのは、労働搾取を目的とした人身売買被害者のほとんどが口にする語り口である)、自分の過去を文章化することにこの1年全力で抵抗したSAANSリーダーたち。自分の記憶だけでは不確かだからと、さまざまな葛藤を乗り越えてようやく両親に話を聞き、自分もまた人身売買の被害を受けたのだと知ったときの彼らの絶望と覚悟。そうやって覚悟を決めても、思い描くリーダーシップの形の違いからグループ内不和・不信・抗争が膨らんでいき、思うように活動が全く進まず、この1年で自分たちへの自信を喪失していった。そして彼らは一様に「NGOや外部講師に来てもらって問題解決してもらう」と言う。他力本願は、自分が持つパワーへの不信から来ることが多い。

かものはしチームとSAANSリーダーたち。一日ワークショップを終え、清々しい笑顔

今回の出張では、自分の内側にどんな庭園が広がっているのかを絵に書いてもらうというワークを行った。私たちは、インド人であれ日本人であれ、ダリットの出自であれ上流階級の出自であれ、皆、自分の内側に「庭園」を持っている。庭園はワイルドに広がる森かもしれないし、手入れの行き届いた小さな箱庭かもしれない。それはどちらかがより優れているというわけではなく、それぞれ固有の形で、それぞれ固有のもの(動植物、その他自然等)を有して存在している。そして、私たち一人一人は、自分の庭園の「庭師」である。その庭師は幸か不幸か、自分しかいない。その庭園を枯らすのも美しく蘇させるのも、庭師である自分しかいない。私はずっと、誰かが私の庭の世話をしてくれている(はずだ)と思っていたから、庭師は自分しかいないと知ったとき、あまりの衝撃と悲しみでしばらく口がきけなかった。そんなことを共有し、彼らに自分の内側にある庭園の絵を描いてもらうと、ものすごく豊かな、多様な庭園が描かれていた。すると「自分たちは誰かが助けてくれないと問題解決できない」という思い込みがすーっと自然に場から消えていった。多くは、自分の庭園を恥ずかしそうに共有していたが、受けとめられた時、自分は大事にされている、ひとりではないというエネルギーが、なぜか、自然と場に立ち現れてきた。これは12月にVimukti(※2)を訪れた時も(違うワークをしていたのだが)起きた。そしてここが、彼らのリーダーシップの源泉になる。自分はそのままで愛され、大事にされている。かものはしは私たちをひとりの人間として大事に愛してくれている。「鏡」である私は、鏡を覗き込んだ人が、自分の内側の美しさにはっと気づいて、それが連鎖して社会に次々とたくさんの花が咲き誇るといいなと願っている。社会変革という闘いにこういう形があってもいいのではないか、と思うから。暴力を受け、傷ついて立ち上がってきた人たちなりの、新しい形の社会変革闘争は、NGOによる社会変革闘争とダンスをしながら、新しい社会の形を作っていく予兆を感じている。

※2Vimukti … アンドラプラデーシュ州で活動するサバイバーリーダーグループ

あなと一緒に考えたい!

私たち一人一人に本来備わっている力を、
過大にでもなく過少にでもなく、大事にそっと信じ、
それをみんなが自分のリーダーシップの成長に繋げていく。
それは可能だと思いますか?
その先にはどんな社会ができると思いますか?

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清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

2011年から2年間のインド駐在を経て、2013年7月からかものはし東京事務所勤務。大学院卒業後、国際機関や人道支援機関で開発援助事業に携わる。森と温泉が好き。

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