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Feature Report特集レポート

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Report of India

夢を紡ぐ インド事業10年の歩んできた道

夢を紡ぐインド事業10年の歩んできた道

Report of India

インド年次報告書

清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

かものはしがインドで事業支援を開始してから、2022年3月で10年が経った。私がかものはしで仕事を始めたのは2012年夏ごろ。当時、ムンバイに住んでいた私は、知り合いとマイクロファイナンスの財団を立ち上げていた。人身売買サバイバーを含む、辺境へ押しやられてきたさまざまなグループを訪問し、一般のマイクロファイナンスを受けることができない脆弱性を抱えた人たちが、いかに小口現金へのアクセスをもとに生計を立て直し、貧困や経済的脆弱性を乗り越えてメインストリームの社会に復帰できるのかを一生懸命考えていた。

2011年にインドで暮らすようになってから、寄付や政府開発援助資金だけで問題解決するには不可能なスケールで広がる、路上生活者、路地裏に立ちお客さんを勧誘する性産業に従事する人々、スラム街で暮らす人たちなどの様子を見ては、ものすごい熱量と多様な暮らし方に圧倒されていた。途上国の開発問題にずっと従事してきた私にも、初めて目にする圧倒的なスケールだった。そんな時、出入りをしていたSave The Children India(STCI)というNGO(後のかものはしのパートナー団体の一つ)からかものはしを紹介され、暑い日のカフェで本木と会ったのが、私のかものはしとの関わりのスタート地点である。

深い悲しみと不条理を
「理解」しようとする

人身売買問題という、教科書の中でしか目にしたことのない社会課題に、どう見てもアマチュア集団である日本のNGOが取り組んでいる。最初は半信半疑で飛び込んだ世界だったけれど、気が付けば10年。その間に、当たり前だけれど、たくさんのことを見、感じ、考えてきた。一番最初にSTCIで話を聞かせてもらったサバイバーのストーリーの衝撃以降、事あるごとにサバイバーの話に耳を傾け続け、データを分析しながら、世界で注目されている社会課題解決のアプローチ(例えば、コレクティブインパクト)も取り込んで、インドで問題解決が進むような戦略を作ることにエネルギーを割いた。

サバイバーの人から、売られるまでのことや搾取されていた間のストーリーを聞くことは、彼女たちの同意を取っていたとしても、彼女たちに二次被害を追体験させることになる。いつも、そのことはどうなんだろうと、葛藤していた。無理を承知で、インドの懐の深さに飛び込み、心に火傷をしたこともあった。「おまえは俺たちとは違う」となぜ線を引かれなければならないのか。戻ったらまた搾取されると知っていながら、なぜ自分を売った叔母のもとへ帰っていったのか。今目の前の建物に捕らわれている初潮前の子どもたちが、この後売られて悲しい人生を歩んでいくと知っていながら、なぜ自分たちにはそれを止められなかったのか。「迎えに来てほしい」という子どもの思いとは裏腹に、なぜ親は迎えに来ず、子どもを絶望の淵へ追いやったのか。せっかく人身売買の被害を生き抜き村に戻ったのに、自殺をするしかないほど追い詰められた彼女を、私たちはなぜ救えなかったのか。

たくさんの「なぜ」を前に、私の心は怒りと悲しみが多くの場所を占め、最後の決定打が、2018年1月に起きたサバイバーが殺された事件だった(2017年度年次報告書参照)。今振り返ってみると、最初の5、6年は深い悲しみ、圧倒的な不条理に対する怒り、全力の闘いが、私と事業の中核にあった。そしてそれは私の中で正当化されており、だからこそ周りがそれを理解し、共感してくれることを当たり前だと思っていた。そんな私のあり方は、いろいろな意味でかものはしのインド戦略や事業支援、またかものはしという組織に対して影響を与えていたことに、ようやくこの1、2年で気が付いた。

極化する世界の中で、
ストーリーが持つパワー

時を同じくして、2018年秋からかものはしはサバイバーのリーダーシップ事業に乗り出した。それまではシステムを強化することで加害者の有罪判決率を上げるとともに、被害者補償や政府スキームをサバイバーが受け取ることにより、彼女たちが抱える経済的・社会的脆弱性から脱却することを目指していた(タフティーシュ事業)。その事業の中で、声を上げるサバイバーの主体性がシステムを変えるということを目の当たりにした私たちは、それをもうひとつの事業戦略に据えることにした。被害者からサバイバーへ、サバイバーからリーダーへ彼女たちが変化していくことが、システムにエネルギーを吹き込み、変えていく力になると確信したからである。このリーダーシップ事業は、私にも大きな影響を与えた。

私がこれまで開発事業を手掛け、成果を上げる中で手放せなくなっていた「当たり前」のロジックは、彼女たちのあまりに多様な美しい光を放つリーダーシップアクションを前に、再定義を余儀なくされたのだと思う。例えば、サバイバーグループから上がってくる児童婚やDVの予防、地元の橋の再建やプラスチックごみの削減というリーダーシップアクションの提案を、それは人身売買問題解決に直結しないという理由で果たして棄却してよいものなのか。かものはしが有する資金の分配を、かものはしのロジックだけでコントロールし、彼女たちのロジックに耳を貸さないことは、そもそもリーダーシップ事業という観点から矛盾していないか。それはめぐりめぐって、彼女たちが本当の意味で自分たちにとって重要だと思っていることを表現する機会を取り上げ、彼女たちがリーダーシップを発揮する場を奪うことになるのではないか。一方で、日本で大切なお金を託してくださっている方たちのことを思うと、何でもありというわけにもいかない。リーダーシップ事業のインパクト指標は、どう設計すると、何百人ものサバイバーリーダーたちの多様な文脈と、彼女たちの持って生まれた多様な美しい原石を活かしながら、最終的に人身売買問題を解決するという方向に導いていくことができるのか。彼女たちと一緒に見てみたい世界はどんな世界なのか。そこにたどり着くために私たちの中で癒されていない傷はどこからきて、どう自分たちで癒す力をつけていくことができるのか。リーダーシップ事業を始めてから私たちの問いは少し質を変えて、たくさんのサバイバーリーダーたちのストーリーとともに、癒しのストーリーへと流れを作っているように思う。(成果については2021年度年次報告書のインド事業報告ページ(P6-9)を参照ください)

世界が極化していき、社会が悪と善の間で分断を広げていく中で、私たちのインドでの10年の旅路は、当たり前に捉えていた自分の固定概念を対象化して、それをもう一度再定義していくプロセスであったように思う。絶対的な悪だと自分が決めつけているものを、もう一度探求することには大きな痛みが伴う。悪だとレッテルを貼っておくことの方がずっと楽だとも思う。自分たちの中の痛みがやっと癒されてきたと思った瞬間に、また悲劇が起き、深い悲しみとともに「なぜ」が自分の中で頭をもたげてくる。そんな波の海を泳ぎながら、collective healing(集合的癒し)の向こう側に行きたい。「向こう側」の世界を、NGOのアクティビストやサバイバーリーダーたちや、日本でかものはしのインド事業に思いを寄せてくださる方たちと一緒に作りたい。一人一人のストーリーに耳を傾け、その人が誰なのかが少しずつ明らかになる時、それらの芽の一つ一つがhealing(癒し)となり、気づくと向こう側に行けているのではないか、そんなことを期待しながら。

清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

2011年から2年間のインド駐在を経て、2013年7月からかものはし東京事務所勤務。大学院卒業後、国際機関や人道支援機関で開発援助事業に携わる。森と温泉が好き。

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