子どもが売られない世界をつくる | 認定NPO法人かものはしプロジェクト

Feature Report特集レポート

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Report of Cambodia

私が見てきたカンボジアとかものはしの笑顔 安田菜津紀レポート

Report of Cambodia

カンボジア年次報告書

私が見てきたカンボジアとかものはしの笑顔 安田菜津紀レポート

高校生の時から約15年間、カンボジアを取材し続ける
フォトジャーナリストの安田菜津紀さん。
2011年にカンボジアでかものはしの活動を初めて取材いただいてから、
これまでを振り返ってレポートいただきました。

フォトジャーナリスト

安田 菜津紀

1987年神奈川県生まれ。Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

©Natsuki Yasuda

 2003年夏、初めてカンボジアを訪れたときのことだった。当時高校生だった私は、自立支援施設に暮らす同世代の女の子たちと時間を過ごしていた。片言の英語やクメール語、会話帳を駆使しながら、たわいない話を重ね、互いが距離を縮めていった。とりわけ盛り上がったのは恋愛話だった。「恋人はいるの?」「誰がかっこいいと思う?」と少女たちはいたずらっぽく笑っていた。私もつられてはしゃいでいた。ふと見ると、ある女の子がいつの間にかその輪から外れ、ぽつんと一人庭の隅に座っていた。「さっきまで一緒に話していたのに、どうしたのだろう?」一瞬彼女の様子が気になったものの、その時は他の少女たちとの会話に夢中だった。

 後になって彼女が、人身売買の被害に遭い、売春を強要されていたことを知った。「彼女は自分なんて汚れているんだって思い込んで、好きな人ができても近づけないの」とソーシャル・ワーカーさんがそっと教えてくれた。あの時、どんな言葉を彼女にかけるべきだったのだろうか。もっと踏み込んでいえば、どうすれば彼女が巻き込まれてしまった人身売買や児童買春の問題を解決することができるのだろうか。答えにたどり着けないまま、ただただもどかしさと、自分の無知、無力さに対する怒りのような感情だけが募っていった。

©Natsuki Yasuda
©Natsuki Yasuda

 「かものはしプロジェクト」の活動を知ったのは、大学生の時だった。子どもたちが売られないために、まず女性たちの職を作りだそうと、具体的な実践を積み重ねている団体だという。それも世代の近い人たちが立ち上げた団体だと聞き、いつか必ず現地にお邪魔したいと思っていた。

 縁あって伺うことが叶ったファクトリーでは、女性たちが凛とした眼差しで手元の細かな作業に打ち込んでいた。ミシンや染色、品質チェックという役割分担はもちろん、経験を積んだ女性たちが次世代をしっかりと育てていた。リーダーとして現場に立つ彼女たちも、最初から何もかもができたわけではない。これまで学ぶ機会も仕事をする機会もなかった「自分なんて」と引っ込み思案だったという女性も少なくなかった。彼女たちがファクトリーで積み重ねてきた時間は、「自分でもできた」から、「自分だからできた」に変わっていく過程そのものだった。

 未舗装のでこぼこ道を走り、ファクトリーで働く女性の家庭にもお邪魔したことがある。小さな高床式の家に家族が肩を寄せ合うように住んでいる様子からするに、決して暮らしが楽ではないことがうかがえた。「学校に行っていなかったから、同じ世代の友達は少なかったの。でも実際にファクトリーで働いて、お昼休みに皆で話す時間がとても幸せ」と語ってくれた彼女の輝いた顔が今でも心に刻まれている。仕事を続けるということは、単に収入を得るというだけではなく、これまで貧困によって断たれてしまっていた社会とのつながりを取り戻していくことでもあった。そんな喜びを積み重ねながら、彼女たちは確実に成長し続けている。

©Natsuki Yasuda
©Natsuki Yasuda
©Natsuki Yasuda

 このファクトリーの立ち上げには、私たちの知らない葛藤や苦難が数え切れないほどあったはずだ。現場や「かものはしプロジェクト」のスタッフさんたちの尽力はもちろん、支援に携わった方々、あるいは彼女たちの商品を使い続けていた方々、どれほどの人の力が重なり合ってきただろうか。

 この16年間で、人身売買の被害に遭い、熾烈な暴力を受ける子どもたちの数は確実に減りつつある。ファクトリーの歩みは、「小さくてもそれぞれが役割を持ち寄ることで、社会が少しずつ、けれども確実に変わっていくのだ」という何よりの証だったのではないだろうか。だからこそ独立後もきっと、互いに手を携え、子どもたち、女性たちの未来を築く更なる輪を広げることができるはずだ。

Off Shots

クメール語で女性たちとコミュニケーションを取りながら撮影する安田さん。
2018年7月、カンボジア事業自立のタイミングに合わせファクトリーまで取材にお越しいただきました。

安田菜津紀さんのWEBサイトはこちら