子どもが売られない世界をつくる | 認定NPO法人かものはしプロジェクト

Feature Report特集レポート

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Report of India

世界を変えるのは「優しい強さ」 The Justice

このレポートで使われている写真の女性は全て、本文に登場する女性とは関係ありません。

世界を変えるのは「優しい強さ」 The Justice

Report of India

インド年次報告書

清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

行き場のない、悲しみとともに

 2018年4月インドに出張した時、今年に入って亡くなったサバイバー(※1)たちの死を悼む小さなセレモニーを開きました。

 2018年1月27日、私たちが2013年から支援してきたカリナ(仮名)が殺されたという心が張り裂けそうなニュースが入ってきました。カリナは13歳の時に人身売買の被害にあい、2011年にレスキューされて村に戻ってきました。2013年9月、カリナに初めて会った時、とてもおとなしい彼女の隣にはお母さんがいて、彼女のお姉さんがまだレスキューされずに行方不明なので助けてほしいと泣きながら話していたのをよく覚えています。私たちはタフティーシュ事業(※2)の下で、2013年からずっとカリナを支援してきました。一緒に活動している弁護士が知能を最大限に使い、心を込めて支援し、カリナを売った加害者がようやく逮捕された翌週、彼女は小さな娘さんを残し、旦那さんに斬殺されました。

 そのニュースが届いてから、私の中で何かが停止してしまい、自分の中でそれをどう受け止めたらいいのかわからなくなりました。日常生活はこなせるけれども、ふとした瞬間に涙がとまらない。私たちはタフティーシュ事業の下、Justice(正義)をサバイバーとともに勝ち取る事業をしているのにもかかわらず、なぜ彼女が殺されなければならなかったのか、それを防ぐことはできなかったのか、Justiceとは一体何なのか。

 その答えが欲しくて、現場でずっとカリナを直接支援してきたスタッフと話をしました。その中で見えてきたのは、カリナは旦那さんのことが大好きで、家庭内暴力がひどいから早く離婚しなさいという両親の願いも、両親に離婚を進めるよう頼まれた私たちのパートナー団体の働きかけにも応じず、旦那さんと一緒にいることを選んだ。人身売買の被害にあった自分の過去を知りながらも結婚してくれた旦那さんにとても感謝をしていて、彼のことがとても好きだった。そういうカリナの姿が見えてきて、私は行き場のない悲しみを覚えました。

※1 人身売買被害者
※2 2013年からかものはしが行っているプログラムで、サバイバーとともに人身売買を許さない仕組みづくりに取り組むプログラム

それぞれにとっての
特別な癒しの時間

 そんな私の悲しみに共感してくれたシステムコーチの森川有理さんが、「友美さん、セレモニーしよう」と言ってくださり、このセレモニーが実現しました。そのセレモニーに参加していた時、こういう時間はとても良いなぁと思いました。遠い国から、命半ばで途絶えた人たちのことを思い、自分たちの魂を吹き込んで準備してくれた人たちがいます。彼女の「生」を思う人たちがいます。助けられなかった苦しみと悲しみを涙を流しながら誰かに分かってもらいたいと願うリーダーやソーシャルワーカーたち。静かにそれにそっと聞き入りながら、一緒に場を支えてくれるサバイバーリーダー(※3)たち。きっといろいろな想いがめぐっている、そんな彼女たちの凛とした横顔。みんなの悲しみや重い気持ちをふっと持ち上げ、前に進む力に変えていく、みんなにとっての「癒し」の時間。カリナが生きているときにそういうことができたらもっと良かったけれど、残された者たちが癒され、全うできなかった命の分まで、そんな悲しみのない社会を作っていきたい、凛として進む、温かさをもらったセレモニーでした。

※3 人身売買被害者で、人身売買の起こらない社会をつくるために活動する人

「優しい強さ」を持ち「被害者」としての
自分を乗り越えた、彼女たちの強さ

 私はサバイバーリーダーたちを見ていて、「優しい強さ」を持っている人たちだなと思います。自分が「被害者」であり「助けてもらうべき存在」であるという立場を抜けて、これ以上自分のような被害者を出さないために、何が必要なのか。それをまっすぐに捉えて声をあげる姿を見ていると、なんだか涙が出てきます。

 彼女たちを見ていると、成熟したリーダーシップに必要なものを持っているなと思います。自分の中にある「被害者」としての悲しみ、鬱屈した想い、自分や相手を責める気持ちは、私たちの支援するプログラムの中で少しずつ整理され、受け入れられ、受け止められて、癒されていきます。その中で彼女たちはサバイバーからリーダーへと大きく変化していくのです。

世界を変えるのは「被害者」としての自分を乗り越えた、彼女たちの「優しい強さ」

「優しい強さ」をもった女性たちの笑顔は一緒にいるものをはっとさせる。

 学校でのいじめを例にとって考えてみます。いじめた子は加害者。いじめられた子は被害者。被害者の子どもは学校へ通えなくなったり、自殺をしてしまうこともあります。その場合、いじめた方の「加害性」は確実に残ります。それはきちんと対処する必要がある。しかしいじめた子には、その子なりの理由があるかもしれません。もしかしたら、心に耐えきれないほどの傷があるかもしれない。違う視点から見ると、その子自身もあるいは「被害者」であったのかもしれない。でもいじめられた子が、自分は「被害者」だと、その立場を動かないと決めてしまったら、加害者はどんな理由があっても、本当の意味では「聞いて」もらえず、もう「加害者」としてのレッテルを、外側からも内側からも「貼る」しか選択肢がなくなってしまうと思うのです。その時、そのシステムは「加害者」「被害者」「救済者」という枠ががっちりはめ込まれ、そこに関わる人たちは身動きがとれなくなってしまいます。

 サバイバーリーダーたちは自分の被害者としての傷を時間をかけて癒すことによって、「被害者」というアイデンティティから自由になれた。だからこそ、彼女たちの「怒り」はとても優しくて、まっすぐで、見ているものの心を打つのだと思うのです。間違ったもの(人が人を売るという行為)はちゃんと正す(罪を償う)。でも、彼女たちのようなリーダーだったら、その先に、私は加害者たちとの真の和解の可能性があるのではないかと感じています。そして、そんなサバイバーリーダーたちを、もっと増やしていきたい。それが、全うできなかった命の分まで優しい強さを持った社会を作っていくということなのではないか、と私は考えています。

子どもが売られない社会
そして優しい強さを持った
世界をつくる

 これまで私たちは、加害者を有罪判決にすることがもっとも重要だと考え、それを可能にするためのシステム強化を行ってきました。それは引き続きとても重要で、問題を本質的に解決できるための制度とシステム強化、そのために必要な調査や実験に引き続き力を入れていきます。

 さらに2018年度、かものはしはサバイバーのリーダーたちを育て、彼女たちとともに、優しい強さをもった社会を作っていくため、社会への働きかけを少しずつ始めます。彼女たちが自分のサバイバーというアイデンティティを超えてリーダーとして活動を始め、他の被害者やサバイバーたちと関係性を紡ぎ一緒に優しい強さをもった社会を作っていこう、そのために一緒に声を上げていく事業、サバイバーリーダーシッププログラムを始めています。

 2018年2月、私たちがタフティーシュ事業として、2015年9月から関わり続けてきた包括的人身売買法案に、やっと内閣の承認が下りました。2019年の5月に控える総選挙で内閣が改造される前に、新法の立法までこぎつけたい。なぜなら、今の法律下で取り締まることができる人身売買犯罪には限界があり、それではサバイバーたちと私たちが手にしたい正義を手にできるチャンスは万に一しかない。優しい強さをもった社会に近づくためには、この法律を通し、彼女たちの声をあげられるチャンスを増やしたい。だから、私たちかものはしは、ずっとこの活動を続けてきた現地のリーダーたちとサバイバーリーダーたちと一緒に、全力でこれからも走り続けていきます。

清水 友美Tomomi Shimizu

インド事業部ディレクター

2011年から2年間のインド駐在を経て、2013年7月からかものはし東京事務所勤務。大学院卒業後、国際機関や人道支援機関で開発援助事業に携わる。森と温泉が好き。

カリナのような被害にあう女性たちをこれ以上出さないために。
サバイバーがJustice(正義)を手に入れるために。
ぜひご支援ください。

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できること

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