こんにちは!経営企画管理部の和田です。今回は経営企画管理部で2年かけて取り組んできた「セーフガーディング・ポリシー」の制定について、ご報告させていただきます。
経営企画管理部と聞くと、皆さんはどんな仕事を想像されますか?特にサポーターの皆さんとの接点は少ないのですが、かものはしという組織を運営する上での縁の下の力持ち的な存在で、実は見えないところで色々な働きをしています。
今回は経営企画管理の仕事の中でも、時間をかけて検討してきた、また多くの学びがあった「セーフガーディング・ポリシー」について、ぜひご紹介させてください。
セーフガーディングとは、「組織の役職員・関係者によって、また事業活動において、子どもおよび脆弱な立場にある大人にいかなる危害も及ぼさないよう、虐待・搾取や危険のリスクにさらすことのないよう組織の責任として取り組むこと(※1)」を指します。
セーフガーディングの取り組みは、2000年代の初めに西アフリカ地域で、国連職員など国際協力に関わる関係者による、子どもに対する性的搾取や虐待の問題をきっかけに始まりました。この問題を受け、国連はこのような人権侵害を一切許容しないという決意を表明し、連携団体と協力して性的搾取・虐待の予防のための具体策を進めてきました。開発の現場で活動するNGO側も問題への対策に着手し、その中で「セーフガーディング」は組織の責任や手続きを明確に打ち出す包括的な取組として徐々に発展してきました。日本では、2019年にJANIC(国際協力NGOセンター)加盟団体の有志により「子どもと若者のセーフガーディングのための最低基準」がまとめられました。(※2)
※1Core Humanitarian Standard Allianceの定義による。
参照:CHS Alliance, PSEA IMPLEMENTATION QUICK REFERENCE HANDBOOK
かものはしではもともと2010年に、活動における子どもの保護を目的としてカンボジアを主軸に、「チャイルド・プロテクション・ポリシー」を制定しました。
その後活動地がインドに拡大し、その過程で海外財団と協働事業を実施することになりました。海外の助成財団では資金提供にあたり助成先団体に「チャイルド・セーフガーディング・ポリシー」の制定を義務付けることが主流です。そのため、2019年にスイスに本部をおくOak財団から、インドのTafteesh事業への資金提供が決まったことをきっかけに、Tafteesh事業における独自の「チャイルド・セーフガーディング・ポリシー」が策定されました。かものはしにおいても、必要に応じて既存ポリシーの内容見直しを行ってきました。
しかし、随時見直しを行う中でポリシーの内容を大きく改訂する必要があることがわかってきました。
まず、かものはしの事業活動においては、搾取や虐待のサバイバー・当事者は18歳以上の人たちも含まれています。そのため、ポリシーの名前として18歳以下を指す「チャイルド」とうたうことへの大きな違和感がありました。
また、成長する途上にあるため一定の保護・配慮が必要な子どもと、18歳以上の「大人」とを同等に扱うことへの疑問もありました。子どもと同等に扱うことで、サバイバーや当事者の権利を必要以上に制限している可能性がないか?と思ったのです。
このような経緯で、2020年3月、既存の「チャイルド・プロテクション・ポリシー」から、子どもも大人も含め、かものはしの事業に関わる全ての人たちの心理的・身体的な安全と権利が守られる環境づくりを目指す包括的な「セーフガーディング・ポリシー」の制定への取り組みがスタートし、1年強の検討期間を経て2021年5月に制定に至りました。
新しいポリシーにおいては、“権利ベース(Rights-based)”の観点から、大人を不必要に保護対象にはしていません。一方で、子ども特有の脆弱性、保護の要件等については、必要な事項を盛り込んでいます。
また、国際的な傾向として対応が求められる性的搾取・虐待の防止についても、あわせてポリシーの内容に含めることにしました。
ポリシー策定にあたっては、悩むポイントが多々ありました。
最も悩んだのは、何をゴールに定めるかです。英語で「protection」「safeguard」は、いずれも「守る・保護する」という意味です。一般的にセーフガーディング・ポリシーは、“Do no harm(害を与えない)”という概念が基になっており、(ボランティアも含めた)NGOのスタッフが、事業関係者や受益者に対して、身体的・精神的・性的な被害を与えないことがポリシーの目的となっています。
事業活動において、かものはしの役職員が事業関係者や受益者に対し「害を与えない」のは最低限の範囲です。「害を与えない」、「防止」だけで良いのか? かものはしとして最低限のことが守れていればよいのか?そんな悩みがある中、インド事業チームメンバーとの議論の中で、こんな例え話が出てきました。
子どもが遊ぶために公園に行きたい。でも家から公園までの道のりに、治安が悪い場所があります。「その公園には遊びに行ってはいけません」というのは、「害が発生しない」ための一番の選択です。でも、それだと本人の選択肢を狭めてしまいます。権利に制限をかけることは、かものはしとして目指したい方向性ではないと私は思います。
ただ「害を与えない」ことと比べると、安全で本人の権利が守られる環境を創ることはより難しいことかもしれない。でも、この例え話を通じて「子どもの安全を守りながら、その子が公園で遊べる環境をつくるには、どうすればいいか?」という観点を大事にすることがかものはしとして目指したい方向性だと気づくことができました。
こうした議論を経て最終的に、「子ども・当事者を含む、かものはしの事業活動に関わる全ての人たちの安全と権利が守られる環境づくり」をポリシーの目的におくことにしました。
著しく人を傷つける一線を越えた行為に対しては、組織として事実確認を行った上で、懲戒処分も含め厳しく対処することが必要です。一方で、あらゆる“暴力(violence)”は、加害者か被害者かといった二軸ではなく、構造の中で起こるということを、これまでの事業活動を通じて私たちは学んできました。そうして起きた“暴力(violence)”に対して、加害者を一方的に罰することが果たして問題の解決につながるのか。
議論を重ね、かものはしとして事案への対応方針を以下の3項目にまとめました。
対応方針
- a.かものはしプロジェクトは、関係者の安全と権利を脅かす事案またはその懸念について報告を受けた際は、慎重にその情報の開示を受け、対応中も事案の被害者が再び心に傷を負うことがないように努める。
- b.全ての相談・報告は、評価をすることなく守秘義務の元で取り扱われ、常に被害者の安全と権利の保護を最優先とする。
- c.対応においては、できる限りなぜ事案が発生したのかを考察し、悪化した関係を修復し新たな関係を構築し直す「修復的アプローチ(※3)」の適用を検討する(必要に応じて外部の支援を仰ぐ)。但し、犯罪行為が含まれる場合、また修復的アプローチを採用することによって、被害者の安全と権利が脅かされる場合は、この限りではない。
実際の事案発生時にどのように対応するか、単に懲罰を検討する以上に難しい挑戦ではありますが、必要に応じて外部の力を借りながら事案に対処していきたいと考えています。
※3修復的アプローチ(修復的正義)とは、関係者が互いに対話によって問題を平和的に解決しようとする考え方
かものはしの事業展開は、国内外様々な方々(パートナー)との連携で成り立っています。かものはしの事業活動において連携するパートナーの活動現場における「安全な環境」をどう担保できるか?範囲をどこまでに定めるかについても議論を重ねました。
一緒に事業をするための契約時にセーフガーディング・ポリシーに合意していただく手順になりますが、パートナー団体の方にポリシーの趣旨を伝えるため、このような「お手紙」を添えることにしました。
かものはしプロジェクトと一緒に
事業に取り組む方へセーフガーディング・ポリシーについて、
パートナーにお伝えしたいこと
かものはしプロジェクトでは、事業活動において子どもや、
搾取・虐待等被害の当事者といった脆弱な立場にある人々の
安全や権利を守るため、セーフガーディング・ポリシーを定めています。
かものはしプロジェクトは、子どもや当事者を含む、
かものはしの事業活動に関わる人たちの安全と権利を守る環境づくりに
組織として取り組む責任を強く認識しています。
細かなルールを定めて、違反者を処罰することが
このポリシーの主目的ではありません。
どうしたら脆弱な立場にある人を傷つけるリスクを減らせるか。
このポリシーをきっかけに対話を重ねながら、
かものはしプロジェクトと一緒に事業に取り組むパートナーの方々と一緒に、
子どもや搾取・虐待等被害の当事者の尊厳が尊重され、
権利が守られる環境をつくっていきたいと思います。
このポリシーが、現在かものはしが事業を展開するインドと日本、両方の現場において、連携するパートナーと「この事業に関わる人たちの安全が守られるためにはどうすればいいか?」を考えるための対話が生まれるきっかけになればと願っています。
大きな理想を掲げて範囲を広くしているため、実際の運用においては難しい部分も正直あります。ポリシーについて説明すると、率直に「範囲が広すぎて何をしたら良いかわからない」と言われたり、インド事業チームのメンバーからも苦笑いとともに「挑戦的だね」と言われたこともあります。
それでも、ポリシーを制定し運用を始めたこの1年で、事業活動における「安全と権利が守られる環境づくり」について、組織内外での対話が前よりもぐっと増えたことは確かです。こうした対話の積み重ねが「安全と権利が守られる環境づくり」に繋がることを、かすかな手応えとともに信じています。
セーフガーディング・ポリシー担当メンバーのZoom会議の様子
セーフガーディング・ポリシーの策定にあたっては、先行して類似ポリシーを制定されている国内外のNGO団体、またJANICの「子どもと若者のセーフガーディング最低基準のためのガイド」を参照させていただきました。それぞれの言葉の定義や目指す理念を読み比べる過程に、大きな学びがありました。この場を借りて感謝の言葉を伝えさせていただきます。また、策定にあたってヒアリングにご協力いただいたパートナー団体の方々にも御礼を申し上げます。
和田 元Hajime Wada
経営企画・管理部
大学で国際開発学を学ぶ。在学時はゆるかも関西で活動した。また、友人からの誘いがきっかけで半年間かものはしでインターンを経験。大学卒業後、システムエンジニアとして一般企業での勤務を経て2019年12月に入職。サッカーと映画が好き。
ポリシー策定に関わった
私たちの想い
経営企画・管理担当曽根原 怜子 / 和田 元 / 粟津 知佳子
セーフガーディング策定に携わり始めた当初は、自分がセーフガーディングに関連するあらゆる事象について正解を知っていなければいけないような気がして、正直なところ腰が重い作業だなと感じていました。ですが、策定プロセスにおいてチーム内外の色々な人と意見を交わしていくうちに、自分自身の中で「安全な環境」とは何か、自分が携わる仕事の中でそのためになにが必要か、アンテナが以前よりも立つようになってきました。セーフガーディングポリシーを組織で導入、浸透させていくプロセスも、最初から「こういう場合はこうする」といった決め事を教えていくのではなく、様々な事例に対してどう対応すべきか、関係者の中で対話と試行錯誤を積み重ねていくことに意味があるのだろうと思っています。正解がない分、実践する中ではもやもやすることも多いと思いますが、組織全体でセーフガーディングについて意識が高まっていくことを期待しています。(曽根原)
当初セーフガーディング・ポリシーの改訂作業の担当になった際は、最低限のことを守る、リスク管理、といった後ろ向きで受け身な印象が強かったのが正直なところです。ただ、改訂作業を進める中で、これは自分も含めたかものはしに関わるすべての人にとって安全と権利が守られる望ましい環境を創り出す積極的な工程なんだ、と気づけたことが今回の1番の学びでした。私自身理解を深められていない部分もまだまだありますが、これからも少しずつ、でも1歩ずつ着実に前に進めていきたいと思います。(和田)
国際協力の分野に比べて、日本国内においては資金提供者・現場の団体ともに、安全と権利の保護に対する取組みはまだ充分ではないと感じています。国内外で事業を展開するかものはしのセーフガーディング・ポリシーをきっかけに、身体面・精神面の両面で「事業に関わる人たちの安全と権利をどう守るか?」という意識の高まりに繋がればと願っています。(粟津)