子どもが売られない世界をつくる | 認定NPO法人かものはしプロジェクト

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インド

10歳にして味わった絶望と、支援の先にある希望

こんにちは、共同代表の村田です。
「女の子が売春宿から助けられた場合、その子はその後どうなるのだろう?」
そんな疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ここでは、過去に売春宿から助けられた、ルヒという女の子のお話を紹介したいと思います。
3人
※写真と本文の少女とは関係ありません。

「小学校に通ってみたい。」
日本では考えられない少女の願い。

ルヒは、インドの西ベンガル州の貧しい農村で暮らしていました。
彼女は学校に通って勉強をしたいと思っていましたが、両親からは学校に行く必要がないと反対されていました。
10歳という年齢で、どうしても学校に行ってみたい、勉強してみたい、と思っていたルヒ。
そんな時、彼女の叔母さんに声をかけられます。
「私についておいで。学校に行かせてあげる。」
ルヒにとっては夢のような言葉に聞こえました。
嬉しくて、わくわくしながら叔母さんの後について行きました。
しかし、ルヒはそこで出された飲み物で眠らされ、目を覚ました時には学校ではなく、ムンバイの売春宿にいたのです。
「こんなはずじゃなかった・・・」
来る日も来る日も、泣きながら過ごす日が始まりました。
その後幸いにもルヒは警察によって救出され、両親のいる西ベンガルのシェルターに保護されました。西ベンガルに戻った時、警察の人からは「両親が迎えに来るから待つように」と言われ、両親が迎えに来るのを待っていました。
しかし、いくら待っても両親は現れませんでした。
「汚れた仕事をした私のことは、お父さんもお母さんももういらないんだ。 私は捨てられたんだ」
もう親は守ってくれない、自分の力で生きて行くしかないと感じたそうです。
ルヒが10歳のときのことです。
インド①
※写真と本文の少女とは関係ありません。

ダンスセラピーがルヒにもたらした変化

ルヒはそのままシェルターに残り、シェルターで暮らし始めました。
シェルターでは、彼女が通いたかった学校に通うことができ、彼女はそこで一生懸命勉強をし始めました。
元々やりたかった勉強なので、学校での成績はいつも一番でした。
しかし、売春宿で働いたこと、両親が迎えに来てくれなかったという辛い経験から、 彼女は人との関わりを避け、友達を一人も作りませんでした。
勉強だけの毎日が、そのまま5年間近く続き、ルヒが小学5年生になった頃でした。
シェルターに、ダンスを使った心のケアプログラム 「ダンスムーブメントセラピー」 をやっている団体がやってきて、 彼女はその活動に参加することになりました。
ダンスをするのは初めてでしたが挑戦してみるととても楽しく、すぐにダンスも上達しました。
次第にダンスを通じて、ずっとずっと、自分の心の中にあった悲しさや辛さ、苦しさなどの感情を外に出せるようにもなりました。
そして、その頃から、彼女は少しずつ周りの人とも話せるようになり、周りの人に心を開いて人間関係を作ることができるようになりました。
同じ経験を持った女の子たちが、 「何かあったらいつでも話してね」 と言って、
抱きしめてくれた時、彼女はとても嬉しかったと言います。

セラピーを提供する側として働くようになった、
ルヒの現在

その後、ルヒは、自分を救ってくれたダンスセラピーを、提供する側になっていきました。
インド①
※写真と本文の少女とは関係ありません。
そして彼女は、ある男性と恋をして結婚することになりました。
その後、女の子を出産し、頑張って子育てをしています。
インドの社会では、売春宿で働いた被害者に対してとても差別的です。
そのような過去を持つ女性との結婚が受け入れられることは、残念ながら非常に珍しいことだといいます。
しかし彼女は、やりがいのある仕事をしながら大好きな人と、大切な子どもを育てながら暮らしている、そんな幸せな毎日を送っています。
私は、そんな彼女と2013年にインドで出会いました。
私は、大学2年生だった2001年から、「子どもが売られる問題」の解決に16年間取り組んできました。
当初取り組みを始めたカンボジアでは、様々な国際機関、政府の協力で被害者数は激減し、「人身売買の問題は解決した」と言えるまでになりました。
それでも、世界にはまだまだ売られていく子どもたちがたくさんいる。
「目をそらすわけにはいかない。」
と人身売買規模が世界最大であるインドでの活動を決めた、ちょうどその頃にルヒに出会ったのです。
私はルヒが笑顔で堂々とセラピーを提供をする姿をみて、なぜか涙がこぼれそうになりました。
「インドでの人身売買の問題は、解決できるんじゃないか」
支援を受けたサバイバーの子たちが、回復して変わったことを実感できるとき、そういう希望を持てるのです。
ルヒの過去の被害、親が迎えに来てくれなかった時の絶望は、想像を絶するものですが、彼女はそれを感じさせないほど堂々としていて、前を向いている。
彼女がここに至るまで、過去を乗り越えるための努力の大きさを感じ、私は静かに感動しながら、「子どもが売られない世界を作る」という決意を新たにしました。
かものはしを応援してくださっている方の数は少しずつ着実に増え、
皆さまのご支援のおかげで、私たちは活動を前に進めることができています。
いつもあたたかいサポートをいただき本当にありがとうございます。
今後も一人でも多くの女性がルヒのように自分を取り戻すことができるように、
インドのパートナー団体と共に頑張っていきたいと思っていますので、
ぜひこれからも応援よろしくお願いします。

村田 早耶香Sayaka Murata

創業者

大学在学中に子どもが売られる問題を知り、実際に問題が起きていた東南アジアの現場での深刻な現状を見て、最初は一人で出来ることから取組みを開始。20歳の時に共同代表の本木・青木と出会い、かものはしプロジェクトを創業。以来、この問題の解決のために活動を続けている。