子どもが売られない世界を作るため、寄付・募金・ボランティアの協力によりカンボジア・インドをメインに活動する国際NGO

2017年09月11日

父と娘の絆、そして希望。

今回は、認定NPO法人かものはしプロジェクト年次報告書2016から 
インドでの活動報告「父と娘の絆、そして希望。」をお送りします。 
2016年度年次報告書はこちら

希望を勝ち取った、父と娘の絆

「アリーシャに被害者補償金の支払いが認められた!」
2017年4月、かものはしの東京オフィスに、
ビッグニュースが飛び込んできました。  
それは、サバイバー(※1)のアリーシャとお父さんが、
この6年間、トラウマを乗り越え、スティグマ(※2)に向き合い、
尊厳を傷つけられてきたことへのせめてもの償いです。

インドの政府が今回出したこの補償金の支払い承認は、
サバイバーたちの精神的・経済的・社会的な回復と復帰を果たすうえで
大きな役割を担います。
その希望を勝ち取ったのはアリーシャという女の子とお父さんの絆でした。

※1 人身売買被害者
※2 社会や他者が個人に付けた、ハンディキャップや不名誉なレッテルのこと


アリーシャ
人身売買の犯罪には電車が多く使われる。電車で村に戻ってくる被害者の胸にはどんな想いがあふれているのだろう。(※写真の女性は物語には関係ありません)

父と2年ぶりの再会

「一体どこにいたんだ?」 
「どうやってそんなところまで行ったんだ?」
「なんで家を出たんだ?」
「誰と行った?」
「なんで行きたかったんだ?」
「そこで一体何があったんだ?」

もしこんな質問されたら、どうしたらいいんだろう。
迎えに来てくれた父と会う前、
私の頭の中には、数えきれないほどの
質問が、ずっと繰り返されていました。

でも、父は、2年ぶりに再会した私に、
どれ一つとして、尋ねてはきませんでした。

その代わりに「元気だったか?」
「何か、今すぐしてやれることはあるか?」と、
ただそれだけを私に尋ね、私を抱きしめました。
そして、私と父は売り飛ばされた街から
故郷に戻るために
列車で帰路につきました。  

騙されて連れていかれた先は売春宿だった

私は西ベンガル州南24区のクトゥリという小さな村の出身で
両親と3人の兄と、貧しいながらも幸せに暮らしていました。

私にはバーシャという大親友がいました。
ある日私はバーシャから、「親に内緒で彼氏と結婚することにしたの。」
という告白を受け、証人になることを、何の迷いもなく引き受けました。

けれど、そこで私たちを待ち受けていたのは、
想像とはまるで違う現実でした。
バーシャと私はだまされていたのです。

結婚の手続きをしにコルカタへ行くのだと、
バーシャの彼が言う通りに電車に乗り込むと、
私とバーシャは彼に渡された
睡眠薬入りの飲み物で眠らされ、
気づいたときには、マハラシュトラ州の
プネという街にある売春宿に売られていました。

私はそこで、地獄のような2年間を過ごしました。
バーシャはどこか別の所へ連れていかれ
その後二度と会うことはありませんでした。
プネで経験した痛みや苦しみは、これからも一生、
私につきまとい、決して消すことはできません。  

アリーシャ1
売春宿で客を待つ女性たち。選ばれなければいいのにという思いと、働かなければ借金を返せないという思いのはざまで揺れる。(※写真の女性は物語には関係ありません)

売春宿から脱出、待ち受けていた辛い現実

私はそこであるお客と出会い、彼と恋に落ちました。
彼が実家に電話をかけるのを手助けしてくれたおかげで、
私は父に自分の居場所を伝え、助けを求めることができました。

私からの電話を受けて、父はお金を工面し、
私を助けだすために警察が動いてくれるよう
1年間働きかけ続けてくれました。

しかし残念なことに、警察は動いてくれず、
父は、自分の手でなんとかしようと決心し
家財など、お金に換えられるものはすべて売り払い、
借りられるだけのお金をかき集め、何の手がかりもないまま、
ひとりプネに向かったのです。

そして、現地のソーシャルワーカーの
力を借りることができたおかげで、
ようやく私は売春宿から脱出することができ、
父と2年ぶりに再会することができました。
当時私は18歳でした。

助け出され実家に戻った後は、
私を連れ出してくれた彼と結婚し、
別の州へ一度引っ越しましたが、
彼の実家から私の「汚れた」過去について
ひどく非難されるようになり、
結局離婚をして実家に戻りました。  

アリーシャ2
ずっと会いたいと思っていた家族。ずっと見たかった外の景色。うれしさとともに今後どうなるのか不安も入り混じる。


温かい父の存在

その後、村の男性と再び結婚し、
今は実家の隣に家を借りて住んでいます。
そして、今までずっと諦めずに、
私を売り飛ばしたトラフィッカー(※1)に対する裁判を続けてきました。  

諦めないのは、お父さんがいるから。

父は、一緒に受けたカウンセリングの中で、
一度こんな風に言ったことがあります。
「アリーシャは、とても恥ずかしがりで、
口数が少ない子です。
娘は、もうずいぶん長いこと、笑っていない。
私は、正義は必ず娘の手に帰ってくると信じているし、
この戦いに勝てたとき、
きっと娘の瞳はもう一度輝く、そう信じてるんです。
だから、私はその日までずっと、闘い続けます。」

私は裁判所で証言を求められたとき、怖さ、恥ずかしさ、怒り、
いろんな感情がこみあげてきて、
正確な証言ができませんでした。
残念ながら私たちに、あまり勝ち目はないだろうと言われました。
時々私はもう裁判をやめてしまおうかなと、
思ってしまうことがあります。
でも、そんなときは、いつだって私を温かく見守ってくれている
父の存在に気づかされ、
また少し、強くなれる気がするんです。

「私たちの事例は裁判で勝つには、
あまり強くないかもしれないね。
でも、私とお前は、強いだろう?
それがきっと、最後の最後に問われる
大事なことだと、私は思うんだ。」
父は以前そう言ってくれました。  

※1 少女をだまし、売春宿に売り飛ばす者

アリーシャ3
父親の心理的サポートがあるかどうかは、女の子たちが、長い正義を求めた闘いを闘い抜けるかどうかを大きく左右する。(※写真の女性は物語には関係ありません)

スティグマと闘うため、
もう一度陽の当たるところに私の居場所を取り戻すため、
そのための強さや勇気、愛情や決心が、
私に足りないときはいつだって、
父がそこにいて
その全てを私に与えてくれました。

それは決して目には見えず、
父は言葉にもしなかったけれど、
私にとって何にも代えられない
最高の贈り物でした。

そのお返しができるとしたら、
それは私の父に対する全幅の信頼だけです。 

アリーシャ4
美しい横顔は苦労したからこその、特有のものがある。(※写真の女性は物語には関係ありません)

アリーシャとかものはし

 2011年、アリーシャは16歳のときに、西ベンガル州からマハラシュトラ州のプネに売られ、人身売買の被害にあいました。2013年にレスキューされた後、西ベンガル州の村に戻り、私は2013年の9月にアリーシャとGGBKのオフィスで会いました。

 他のサバイバーに増しておとなしく、表情も乏しかった彼女と一緒にいたのは、彼女のお父さんでした。お父さんも物静かな方でしたが、彼女が行方不明になってからレスキューされるまでどんなに走り回って彼女を探していたか、涙を流しながら話していて、同行していたスタッフと涙を必死にこらえていたのを覚えています。

 2014年、かものはしはアリーシャに25,000ルピー(5万円弱)を支援し、アリーシャは西ベンガル州の自分の村で脱穀ビジネスを始めました。そのころ、アリーシャは、売春宿で受けた身体的精神的虐待からトラウマを抱え、精神的に追い込まれていました。そのため警察に対して「人身売買されたわけではない」と証言してしまい、そのことによって、アリーシャのトラフィッカー(少女をだまし売春宿に売り飛ばす者)に対する捜査は証拠不十分として打ち切られてしまいました。

 Tafteesh(※1)では2014年度からこのアリーシャの事例を取り扱い、再捜査命令を求めて裁判を続けてきました。2015年7月、地方裁判所で再捜査申請は棄却されました。その際、アリーシャのお父さんは静かに涙をこぼしながら、「まだ闘い続けたい、裁判を続けたい」と話していました。アリーシャは無力感でいっぱいでしたが、お父さんの姿に勇気をもらい、裁判を続けることを決心しました。

 その後、アリーシャとお父さんは高等裁判所に再捜査申請を控訴し、Tafteeshメンバーの弁護士が懸命に弁護した結果、2016年4月、その申し入れは聞き届けられ、反人身売買警察が全面的に捜査をやり直すよう、コルカタ高等裁判所から地元警察へ判決が出ました。しかしながら、現在に至るまで、なかなか地元警察から反人身売買警察へ捜査は移管されず、難航しています。

 脱穀ビジネスを始めたアリーシャでしたが、一度目の結婚で隣の州へ引っ越したためビジネスの継続が難しくなりました。離婚して村に戻ってきてからはサリー(インド人の着物)のビーズ装飾を縫い付ける仕事をして月1,500ルピー(3,000円)ほどを稼いでいましたが、お父さんも日雇い労働者のため家計は非常に厳しい状態でした。

 2016年度のTafteeshでは、被害者補償の仕組みが機能していないがゆえに、村に戻った被害者たちの精神的回復、経済的・社会的復帰が難しいことを政府に訴えるため、公益訴訟(個人や法人に対してではなく、国や行政を相手に社会問題など公共の利益に関する訴訟を起こす仕組み)を準備してきました。

 その一環として、可能性は薄かったものの、アリーシャ他数人の被害者補償を西ベンガル州の南24区で申請しました。可能性が低い、というのは、被害者補償は州ごとに仕組みが定められているのですが、西ベンガル州の仕組みは他州に比べて内容が充実しておらず、もらえる補償金も、これまで6万円(他州では20万円)程度の事例しかなかったからです。

 しかし、Tafteeshメンバーである弁護士たちは他州の事例をかき集め、未成年で自分の意思に反して売春宿へ売られ、2年間も虐待を受けてきたアリーシャが、6年間も尊厳を傷つけられ、回復する機会を奪われてきたことを、懸命に県の行政機関に訴えたのです。 その結果、県の行政機関は補償金支払いを認め、州に対してアリーシャに120万円(※2)の補償金支払いを、要請しました。

 今回、被害者補償金が認められたことによりサバイバーたちが経済的に立ち直ることができれば、裁判を続けられる可能性は高まり、その結果、人身売買犯罪に対する抑止力は向上するとかものはしは考えています。現在、Tafteesh事業ではほかのサバイバーに対しても早急に被害者補償金申請手続き準備をするとともに、2017年5月19日、西ベンガル州政府に対して、サバイバーのリハビリテーションを求める公益訴訟裁判を始めました。 

※1 2013年からかものはしが行っているプログラムで、サバイバーとともに人身売買を許さない仕組みづくりに取り組むプログラム
※2 60万円がレイプによる身体的傷に対するもの、40万円が未成年の身体的虐待に対するもの、20万円が人身売買被害者のリハビリ補償に対するもの

清水写真.jpgライター紹介:清水 友美
インド事業部シニアプログラムマネージャー。2年間のインド駐在を経て、2013年7月からかものはし東京事務所勤務。大学院卒業後、国際機関や人道支援機関で開発援助事業に携わる。
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