子どもが売られない世界を作るため、寄付・募金・ボランティアの協力によりカンボジア・インドをメインに活動する国際NGO

2016年06月07日

心と体はつながっている
~DMTインパクト評価事業を終えて~

「今朝歯を磨いてるときからずっと、彼が私を見つめているの。
さっき廊下を歩いてるときなんか、隣に並んで手を握られちゃったのよ。」

そう話す彼女の目には、大粒の涙が流れ続けていました。

彼女の名前はアパルナ(仮名)。

人身売買の被害に遭い、売春宿から救出された後、
現在ムンバイにある施設で保護されている少女です。

彼女は、自分を売春宿に売った昔の恋人が、
今でもそばにいるような幻覚を、ときどき見ていました。

これは、麻薬の禁断症状です。
強制的に売春させられる少女たちが、
売春宿で麻薬付けにさせられることは少なくありません。

そして、ふと我に返ると、彼に裏切られ、売春宿で酷い思いをし、
それでもこんな日々から抜け出せない自分が惨めで、
その度に彼女は泣くことしかできずに、苦しんでいました。

インドの女性
(※写真の女性は本文と無関係です。)

そんな彼女は昨年、保護施設で提供されているリハビリプログラム
「ダンスムーブメントセラピー」に参加しました。

「ダンスムーブメントセラピー(略称DMT)」は
ダンスや体の動きを使って、内に秘めた自分の感情を引き出し、
心の傷を癒していく、アート(芸術)を使ったセラピーのひとつです。

インドでは、売春宿から救出された少女たちが一時的に滞在する保護施設などで、
かものはしのパートナー団体コルカタシャンブドが、DMTを提供しています。

(※ダンスムーブメントセラピー、コルカタ・シャンブドについては、2013年10月「【前編】被害者の少女たちの心の傷を癒すスペシャリスト団体「コルカタ・シャンブド」」をご覧ください。)

アートセラピーは、心の回復に与えるその効果を数字で実証することが非常に難しく、
「そんなことして本当に効果があるの?」
「なんか怪しそう」と思われてしまいがちな分野でもあります。

かものはしは、インドで事業を開始した2012年当初から、コルカタシャンブドと共に、
DMTを活用したサバイバーの心の回復を支援してきました。

(※サバイバーとは、元人身売買被害者を意味する言葉で、
被害を受けながらも「生き抜いてきた人」という意味があります。)

サバイバーを対象としたDMTのプログラムは、
6か月間、合計80時間行うと効果が出るように設計してあります。

初めの頃はまずひとりひとりがDMTに参加しやすいことが大切で、
自分の奥の方に閉じ込めてしまった感情を
少しずつ少しずつ表に出していく準備ができるよう、
簡単な動きや楽しめる工夫がされたクラスになっています。

DMTを受ける女の子たち
(DMTを受ける女の子たち ※写真の子は本文と無関係です。)

その後、3か月目を過ぎると、
徐々に彼女たちが持つ「怒りの感情」を引き出していくプロセスに入り、
通常この時期が最もサバイバーにとって苦しい時期だと言われています。

アパルナも、最初の2か月間、順調にDMTに参加し、
昔の恋人を思い出しそうになっても、自ら他のことに意識を向けるということが、
少しずつできるようになりました。

しかし、自分の中にある「怒りの感情」に触れるクラスになると、
アパルナはクラスが始まってから終わるまでただ泣きつづけ、参加するのを嫌がりました。

ある日のクラスで、アパルナはようやく、重い口を開き話し始めました。

小さい頃から、酔ったお父さんに暴力をふるわれていたこと。
売春宿に売られて帰ってこない自分を、お父さんは心配すらしてくれないこと。
そんなお父さんを、今でも許せないということ。

お父さんに愛されたくても愛されなかった。
愛してくれていると思った人に、騙されて売られてしまった。
そこに待っていたのは強制的に体を売らされる地獄のような毎日だった。

そんな怒りや悲しみを彼女は全部自分の中に閉じ込め、押し殺そうと、
この時まで誰にも言えず、それでも前を向いて生きていこうと必死にもがいていました。

泣きたいときに泣き、怒りたいときに怒ることすら、
売春宿では、決して許されなかった彼女たちは、
心の奥に固く閉じ込めた自分の本音を、表に出すことに強い恐怖を感じてしまうのです。

そんな彼女たちの心を、体を動かしながら、
少しずつゆっくりとDMTは解きほぐしていきます。

その後アパルナは、DMTのプログラムに参加した感想を聞かれ、こんな風に答えています。

「私にはDMTが真っ暗な夜空に光輝く、たったひとつの星のように思えました。
たとえどんな暗闇の中でも、その星は私に光を届け続けてくれました。
おかげで今は、私自身も星のように輝いている、そんな気がするんです。」

かものはしはDMTの効果がより多くの人に伝わるよう、昨年度外務省からの補助金を受け、
DMTがサバイバーの心の回復に及ぼす効果を、専門的に評価することに挑戦しました。

合計50人のサバイバーを、DMTを受けるグループと
受けないグループ(来年度DMTを受ける予備軍)に分け、6か月間の心の回復度合いを
トラウマ症状チェックリスト(Trauma Symptom Checklist for Children)に基づき
観測し続けました。

心理学者によるサバイバーの状況観察の様子
(心理学者によるサバイバーの状況観察の様子)

すると、セッション開始前は、
DMTを受けるサバイバーグループと受けないグループ間のトラウマの深刻度に
ほぼ差はなかったのですが、DMTを受けなかった子たちは
半年後もその深刻度がほとんど変化しなかったのに対し、
DMTに参加した子たちは3か月、半年とセッションが進むにつれて、
大きな改善が見られたのです。

評価項目は、不安や怒り、抑うつ、心的外傷によるストレス、(現実との)解離、
性的刺激に対する否定的な反応や葛藤、といった6つに大きく分かれており、
全ての項目において、DMTに参加した子たちは大きく症状が改善されていました。
特に、DMTによるトラウマ改善項目として大きく効果をあげていたのが、
性的刺激に対する否定的な反応や葛藤、抑うつの項目です。

インドで人身売買被害者を対象としたアートセラピーによる回復効果を、
目に見える形で評価するという試みは、今回初めてのことで、先月デリーで行われた
関係者会議でその結果を発表したところ、人身売買分野で活動する専門家や
アートセラピーの専門家から非常に高い注目を集めました。

私はアパルナのことを初めて知った時、
自分の胸の奥がぎゅっと押しつぶされそうになるのを感じました。

遠いインドの顔も知らない女の子の痛みが
なぜかほんの少しだけわかるような気がしたから。

どうあがいても戻すことのできない時間。
消すことも、変えることもできない過去。

お父さんを責めても、自分を騙した元恋人を責めても、
私の今は悲しいほど何ひとつ変わらない。

行き場のないこの怒りや悲しみを、
ひとりでは抱えきれない不安や痛みを、
取り除くことも、押し殺すこともできず、
一体どこに持っていけたら、いつになったら、私は楽になれるのだろう。

そんな声にならない心の叫びが、彼女たちの汗や呼吸や涙と共に、
体の奥からじわじわと自然に外へ流れ出ていく。

そんな様子が目に浮かび、
ひとりでも多くのサバイバーにDMTを届けたいと、強く感じました。

今回の評価事業は、DMTの素晴らしい効果だけではなく、
そんな彼女たちの声なき声を、私に気づかせてくれました。

新たな被害者が生まれないようにする取組みに全力をあげつつ、
DMTのように質の高いリハビリプログラムが、
既に被害を受けてしまったサバイバーへ確実に届くよう、
かものはしはこれからも挑戦を続けていきます。

今この瞬間もどこかで、
押しつぶされてしまいそうな現実と向き合わざるを得ないサバイバーに、
必ず笑顔が届けられると信じて。

手嶋さんプロフィール ライター紹介:手嶋 三奈美
インド事業部スタッフ。学生時代は理工学を専攻し民間企業へ就職。「困難な状況にある人の人生を大事にすることが、自分の人生を大事にすることにもつながる」との思いから転身を決意し、2015年4月よりかものはしに参画。
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