
私がこの問題を最初に知ったのは、大学生のときに東南アジアを訪問したときです。買春の被害にあった子ども達を保護する施設で、6歳と12歳の姉妹に出会いました。彼らは家が貧しかったために、売春宿に売り飛ばされ、電気ショックを与えられながら無理やり働かされいたところを保護されたのです。売春宿に売られた後、HIVで死亡したり、自殺したりする子も少なくないことを知ったとき、彼女達のために何かをしなければと心に決めました。
別のセンターで出会った5歳の女の子は、母親が17歳で買春被害に遭ってHIVに感染したことにより母子感染していました。彼女と一緒に過ごしたとき、児童買春の深刻さを肌で感じました。生まれながらにして過酷な運命を背負わされている状況に、私はすぐになにか行動しなければ、と強く感じました。
これは私たち日本人と無縁の問題ではありません。この問題は人道に対する罪です。そして、この問題は経済が成長し、グローバリゼーションが進展することにより起きる象徴的な問題の一つです。
日本に戻って世界会議に参加したり、啓蒙活動など様々なことをしました。しかし、すぐに肉体的にも精神的にもその活動に限界を感じました。社会経験もネットワークもない、そんな私に何ができるだろうか、と思ったのです。一人の力は無力です。私が一人のボランティアとしてこの問題の解決のために力を尽くしたとして守れる笑顔はそう多くありません。
私は一人でも多くの子どもを、いえ、全ての子どもが児童買春の被害に遭わず未来へ希望を持って生きられる世界を実現したい、と考えていました。
そんなときに出会ったのが現在、活動をともにしている仲間やサポーターの人たちでした。この問題の解決のために一緒に頭を悩ました。何度も現地に調査をし多くの人に意見を聞きました。そして、私たちは「事業」として児童買春の被害を解決していくことに決めました。
事業として--つまり私も含めスタッフが「無償で奉仕」するのではなく、給与をもらいプロとして支援をする、それが実現できるように体制を整備し、どうやって収入を得るのか戦略をもち活動していく、それが大事なんだと気づきました。
そして、大学卒業を前にして絶対に私はやる、と覚悟を決めました。
現在、多くのサポーターの方からご支援をいただき、何もない状態から、ついにカンボジアに拠点を築くことができました。その中で気づいたことが一つあります。
それはこの活動を通じて、カンボジアと関わることを通じて、彼らから多くのことを学んでいることです。カンボジアを訪れた多くの人が「カンボジアは一見貧しそうだけれど実は心がとても豊かな人たちだ」、「自分は日々意味もなく生活を過ごしていたが、『生きる』ということを見つめなおしたい」と言います。この事業はカンボジア人を支援しているようで、自分たちこそが助けられているのだ、と私は感じました。
この児童買春問題の被害から子ども達の笑顔を守るため、そして彼らから学びを得るために、なにとぞご支援を宜しくお願いいたします。
村田早耶香
- かものはしのポリシー
- かものはしプロジェクトの事業の基本方針です
かものはしのポリシーはこちら - かものはしの歴史
- 2002年に学生中心に始めて早五年。何も持たなかった私たちが、
カンボジアでの事業をしている、その成長の軌跡です。
かものはしの歴史はこちら












